僕らが手にしている富は見えないよ

ムスメのピアノのレッスンが終わり、家までの道を車で走っているとき、いままで何十回・何百回もレッスンに通ってきたのと、まったく何ひとつ変わっていないような錯覚に陥った。

でもすぐに、世界がいまとても深刻な状態にあることや、この国の人々の多くが、国民としてあまり幸せな状態に置かれていないという現実に引き戻される。

毎日毎日絶望感が更新されて、うんざりしている世界に。

 

ムスメとふたりっきりでいつもの車の中にいれば、ふざけながら交わす何気ない会話も、そこから見える風景も、いままでと何も変わってなくて、いままでと同じ平穏な日常の延長なのに。でもそういう日常が、本当はいまはとても遠いところにある感じ。

 

ムスメが適当に選んだウォークマンのプレイリストから「ありあまる富」が流れてきて、この曲もともととても好きなのですが、もうなんだかもう、諸々が現状にぴったりすぎて、泣きそうになってしまった。

 

 

きみの存在を意識する

舞台は中学二年のクラス。
文字を読むのが苦手なひすい。戸籍上は女の子だけど、自分は男でも女でもないと感じている理幹(りき)。書字障害の心桜(こはる)。複雑な生い立ちをもつひすいの「弟」拓真。カーストのてっぺんにいる優等生の小晴と、教室に入れなくなってしまった幼なじみの留美名。どの章の主人公も、それぞれ「ふつう」からはみ出た生き辛さを抱えてる。

どの子も一生懸命で愛しいのですが、特に心桜が印象的。超絶美少女なのに字がうまく書けないせいで、「顔のかわいさだけで人生なんとかなると思ってるバカ」と認定されているけれど、この本に出てくる子のなかでも一二を争う行動力のもちぬしで、外から見える何倍もいろいろなことを考えて、生き抜く術を模索する力強さには感動さえおぼえます。
自分の抱える生き辛さが何なのかという疑問から、それが障害であることを突き止め、その解決のために周りの大人に働きかけて環境を変えていく。自分の問題にとことん向き合う強さをもったすごい子です。そんな心桜に、「顔が超絶かわいい」という設定をもってきた作者には本当に恐れ入ってしまう...。
最後に梅田にのこすメッセージ。これもよくて、これ以上ないほどのむきだしの言葉で、ストレートに読む人の心をうちます。心桜の書いた文字まで目の前に浮かんでくるようです。

それから、穏やかでやさしくていい子だけど、やっぱりそんなふうにはいられるわけがない複雑な内面をもった拓真の手紙。でも、人生においてもしかしたらいちばん大切かもしれないことに気づかせてくれる、良い手紙です。
ひすいの抱える困りごとは、心桜のそれと少し近いのだけど、心桜とは違う道を選ぶ。それもまた自分なりの道。

彼らが、弱さを抱えているがゆえの優しさを持ち寄りあって、ゆるゆるとつながっている感じが良かった。抱えていることはみんなそれぞれに違い、完全にわかり合うことなんてできないんだけれど、自分の弱さを認めることは、相手の困りごとに思いをはせること、わからなくても寄り沿おうとすることにつながっていく。
作品のなかではほぼ好意的に描かれることのない梅田や田西も、きっといろいろなことを抱えてるんだろうな、と思えるようになるところまでが、セットなのかもしれないです。

 

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ラストレター

新年一発目です。(おそい)

去年から第二次岩井俊二ブームがきている私は、絶対観ようと決めていた「ラストレター」を観てきました!
まさかないとはおもっていたけど、ピクニックやリリィシュシュのようなブラック俊二じゃなくて、正真正銘のホワイト俊二だったのでほっとしました。とてもとても良い映画だった。

森七菜ちゃん、彼女は何なんですか! 初めて見たけど素晴らしすぎる。派手ではないのに、ただそこにいるだけで、圧倒的なドラマが伝わってくるなんともいえない存在感ですね。
乙坂先輩に問い詰められるシーンで、左足の甲がきゅっと上がる仕草があって、それが演技を超えていて、この何気ない仕草がずっと忘れられません。広瀬すずとは違う個性で輝いていて、ほんとに凄かった。
その広瀬すずも、私がいままで見たなかで一番良い広瀬すずでした。去年毎朝見ていた彼女とは別人かとおもうほど何倍もよかったです。岩井さんが撮るとこんなふうに活きるんだなあというのを見せてもらえました。

「ラブレター」を彷彿とさせる設定の数々、そして「ラブレター」のふたりが登場するのもやっぱりうれしい。「四月物語」では初々しい大学生だった松たか子のお母さん演技も感慨深かったです。

ストーリーは、深く考えようとするとツッコミどころがぽろぽろ出てはくるけど、岩井俊二だから。という感じで流せますね。ファンタジーだから。ミュージカルだから。みたいなノリで、岩井俊二だから。という感じ。岩井俊二というジャンルがあるとおもう。確実に。

この時代に、手紙を使ったドラマを成立させてしまったところがなんか面白い。「ラブレター」から25年も経って、同じような映画ができたことが奇跡みたい。初恋の相手をモチーフにした作品を書き続ける乙坂鏡史郎が、それでも第一作を超えられずにいたように、岩井さんは「ラブレター」を更新したいのにできないでいたのかも。乙坂がもう一度小説と向き合えそうと言うのは、岩井さんのお祈りなのかもしれないなとおもった。
「ラブレター」大好きな私のような人の心をくすぐりつつ、でもきちんと新しい時代の作品になっていました。
「リップヴァンウィンクルの花嫁」がどうしたどうしたって感じだったので、私のすきだった岩井俊二さん再来、という感じでとてもうれしく、本当にいい映画観たなー!という気持ちで映画館出てくることができました。

良すぎて原作本も買ってしまった。設定が少し違っているみたいだったのでこちらも楽しみです!

 

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シュール可愛い世界

すごく良い本買いました!

おもちゃ絵とは、江戸〜明治期に流行した、主に子ども向けの浮世絵です。「○○尽くし」みたいな、図鑑を兼ねたような一枚絵だったり、この本の表紙の「ねこ」みたいに、動物で書かれた文字だったり、上下をひっくり返しても顔になるような「だまし絵」だったり。なかには、切り抜いて着せ替えができたり、お雛飾りが作れたり、ミニチュアの建物が作れたりする、ペーパークラフトのようなものも。また、江戸から明治へと時代が移り変わるなかで、当時の風俗が描かれているのも興味深いポイント。
浮世絵らしい渋さと昔の人の遊び心が相まって、実に良い味わいなのです。

瀬田貞二さんの本で明治時代のおもちゃ絵のことを知って以来、私のミニチュア好き魂が刺激されてずっと気になっていたのでした。
そんな心ときめくおもちゃ絵、実はねこものがかなり充実しています。pinterestで、夜な夜なねこのおもちゃ絵を集めてはにやにやしていたのですが、一冊にまとまっていると知り、思わずポチリ☆この本に収められているのはねこ!ねこオンリー!最高かあ。

 

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この他にも、人力車に乗るおばさま猫、校庭で縄跳びする子ども猫、家事にいそしむ猫、蕎麦やうなぎに舌鼓をうつ猫...。のきなみ猫背でぎこちない姿勢なのがまたたまりません。

猫ラブな絵師・歌川国芳が、天保年間に、歌舞伎役者の似顔絵をねこにして表現したことから、浮世絵界にねこブームが巻き起こったとのこと。尊い。江戸の人たちが猫好きというのは聞いたことがあったけどここまでとは。
それに、こういうのを見ると、昔から日本人は漫画とかゆるキャラが好きな種族なんだなあと思いますね...。
この本には収録されていないけど、世の中には着物を着たほおずきのおもちゃ絵というものも存在しており、それも最高にシュール可愛いのです。

 

少し前に『かわいい浮世絵』という本もポチってしまってまして、これもお気に入りです。金魚とかたことかきつねとかやっぱり動物ものがめっちゃ可愛い。

 

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国語辞典は道しるべ

私も飯間さんと同じように、子どもの頃は、日本語のことはなんでも知ってるえらい先生が国語辞典を作っているとおもっていた(しかも私は口述筆記をイメージしていた)。でも「舟を編む」を観たら、ふつうの人々がふつうの生活のなかでコツコツと執筆を重ねていく姿が描かれていて、考えてみれば当たり前なんですけど。


この本は、その「舟を編む」(※アニメ版)の監修にも携わった飯間浩明さんが、辞書を作る仕事について、子どもたちに向けて書いた本。

飯間さんは、町を歩いているときも、テレビを見たり漫画を読んでいるときも、つねに変わった日本語がないかと探して、ことばを集めて書き留めていく。だから「ことばハンター」。

 

辞書作りが、ふつうの人のふつうの仕事であるとは言っても、やはり、言葉への興味・関心、そして繊細な感受性があってこその仕事なんだなということがわかります。いわれてみれば漠然とした「水の事故」とか、スパゲティの略語としての「スパ」とか、私なら当たり前すぎてスルーしてしまいそう。でも、この「当たり前」である言葉こそが生きた言葉であり、それこそが、国語辞典が収録しなければならない現代の日本語なのですね。

個性的な国語辞典といえば『新明解』が有名だけど、それぞれの辞書によって特色があるというのも面白かった。飯間さんの『三省堂国語辞典』は簡素な説明を心がけているそうです。それで、この、「簡素」でありながら、その言葉の意味を余すところなく表現できる説明を書かなければならない、その難しさも書かれていて、辞書作りの苦労がわかりやすく伝わってきます。

子どもたちにもぜひ読んでほしいけど、大人が読んでもとても興味深く、そして、おだやかな文章から伝わってくる、飯間さんの静かな情熱が感動的。派手さはないけど、とても尊いお仕事です。言葉に対するアンテナを敏感に張り巡らせて、正確な言葉をつかみ取っていけるようになりたいな、と思わせてくれる一冊でした。

 

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心に音を

こんなすんばらしい本が1年も前に出ていたなんて、全然気がついていなくて不覚でした。

「リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ」とは、マレーシア語で「五・七・五・七・七」のこと。なぜここでマレーシアが出てくるのかというと、主人公の沙弥がマレーシアからの帰国子女だからです。2年半ぶりに日本に戻ってきて、中学に編入することになり、周りから浮いてはいけないとビクビクしながら学校生活を始めたばかりの沙弥に、変わり者として有名な先輩が「ギンコウ」へのお誘いをかけてくることから始まる自分探しの物語。


沙弥と佐藤先輩の詠む短歌を中心に、家族の中や学校でおこるちょっとした事件を通じて、沙弥が「自分を表現すること」「自分と相手のありのままを認め合うこと」をつかみとっていく姿が、とにかくさわやかで清々しい。

 

多種多様な価値観をもった、様々な人種の人たちが共存し合っていたマレーシアの大らかさを、懐かしく思い出す沙弥。沙弥の短歌には必ずマレーシア語がひとつ織り込まれるのですが、このマレーシア語が、「日本語として」めっちゃ面白いのです。
例をあげたいところだけど、この作品のなかでは短歌がとても重要なポイントになっていて、もともと31音しかないものをここで引用してしまうのはもったいなくて心苦しいので、ぜひ読んで欲しい。
どの言葉も、日本語のオノマトペとして存在していそうな響きだったり、ずばり日本語とダブルミーニングになっていたりと、マレーシア語、短歌てきにかなり相性がいい言葉だとかんじました。

しかも!
佐藤先輩が短歌を始めたきっかけが、図書室の先生にすすめられた東直子さんの歌ーーー!

一度だけ「好き」と思った一度だけ「死ね」と思った 非常階段

             ――東直子『春原さんのリコーダー』より

あることで挫折して、普通の中学に編入してきた佐藤先輩に、この歌集を渡した学校司書。渡すほうも最高だし、渡されるほうも幸せで最高ですね!
東さんのこの歌とこんなところで再会するなんて!と不意打ちされたような驚きとともに、あ〜こんな仕事ができたら司書冥利につきる...とおもったり、読みながら心の中がとても忙しくなりました(笑)。


短歌、自分でも少しかじっていたことがあるので(東さんと同じ団体にいたことがあるのです)、感想言い合うときの言い方とかも身近に感じたし、ふたりが詠む歌がどんな感じで批評されそうかというのもなんとなくわかります。きっとかなりいい線いくとおもうんです。

そう、この、作品のなかに出てくる歌も、歌単体としてとてもうまいのです。
物語を書いて、そのなかに登場させる歌を作って、しかもその歌はアクセント程度のものではなく、その歌自体がさらに物語を引っ張っていく、というものすごいことがとても器用に行われていることに、本当にびっくりしてしまいました、私は。

中学生はとにかく世界が狭いから、学校と家だけが世界のすべてのような気がしてしまうんだよね...。ほかにも世界は広がっているんだって知ることって、とくに中学生にとってはとても大切な視点で、それに救われることもたくさんあると思う。沙弥と佐藤先輩にとってはそれが短歌で、そんなものに出会えたふたりは、本当によかったねっておもうのでした。

でも、短歌に出合えた。楽器がなくても、ちゃんと心に音を鳴らしてくれる歌があるんだって知った。音楽じゃない、でもわたしはわたしの歌をつくろうと思った。

最後は、ふたりの関係が深まっていく予感、ふたりの人間関係がもっと広く広がっていきそうな予感まで含めて描かれていて、それもすっごくよかった!

 

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[focus]

はじめは映画好きな友だちに誘われて、なにかの映画祭みたいなイベントで初めて観た。たしか渋谷で、私たちは高校生だった。ちょっとしたトラウマになって、それ以来浅野忠信がずっとこわい。
その何年か後、池袋のシネマロサで浅野忠信特集をやっていて、そのなかの一本でかかっていたので、こわいもの見たさでまた観た。
そして先日、またしてもGyao様で流れていたので久々に観てしまった。
こんな映画を3回も観るって、ちょっと自分でもどうかしてるんじゃないかと思う。
でも観てしまう。浅野忠信が観たさに。こわくて仕方ないのに。

久しぶりに観て、1時間ちょっとの作品だったことにちょっとびっくりした。内容はシンプルで大してひねりもないし、とてもコンパクトに収まっているのですね。でもそれ以上のボリュームを感じる衝撃だったのです。

 

浅野忠信演じる金村青年の、前半のリアルすぎるオタクっぽさと、物語が転がり出してからのキレた演技が何よりもの見どころで、たぶんこの映画の90%くらいを成立させてる。でも、キレて支離滅裂なことを叫び続ける金村の姿には、静かに生きていただけの普通の地味な人間が、たったの一瞬で人生を反転させてしまった絶望を感じさせるだけの説得力があって、なんだか身につまされるのです...。
そんな興奮状態で車を運転しながら、TVディレクター役の白井晃と会話ともつかない会話をするのだけど、ほんとに、これ段取りとかどうなってるんだろう?とおそろしくなる。運転をしつつ、段取りとか考えながらこんなリアルなやりとりができるものなんですね!本当に天才だとしか。

 

そして、浅野忠信は勿論すごいんだけど、彼をここまでもっていく白井晃の演技力も相当すごいとおもう。
学生時代から20代にかけて、私は「遊◎機械/全自動シアター」という劇団の大ファンで、役者としての白井晃さんをたくさん観てきた。舞台でも、悪気はないもののどこか浅薄で、無神経で、傲慢な感じの役をすることが多くあったようにおもうけど、この映画の白井さんはそういう嫌な部分をこれでもかというほど凝縮して実力を発揮しているように見える。ようするにとてもクズいw


キレてからの金村が、「お前が世界を回してんのかよ」って言って白井さんをいたぶるシーンが出てくるのだけど、マスコミ側の人間の、偉そうな態度や選別意識のようなものを具現化したみたいな、そんなキャラクターを初めから終わりまで見事に演じているとおもう。

なんかママ友とかには絶対薦められないけど(笑)、わたし的にはかなり面白いと思う映画のひとつです。

 

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ジュルナル。6/6

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ふだん子どもたちに語っているおはなしを、大人の方にむけて語るおはなし会で、私もひとつ語りました。
今回は、ファージョンの『ムギと王さま』所収「小さいお嬢さまのバラ」。いまの季節にぴったりの、小さくて可愛らしい短篇です。

 

ふつう、語りのテキストは昔話が多く、創作ものは敬遠されることも多いけれど、ファージョンは、私がひとつは語れるようになってみたかった、憧れの作家でした。(あとはマーガレット・マーヒーもいつか語ってみたい!)

 

「小さいお嬢さまのバラ」は、丘の上にあるお屋敷に住む孤独なお嬢さまと、下の村に住み自然のなかでたくましく育った子どもたちの友情をきっかけとして、断絶されていた丘の上と下が、バラの花によって結びつけられるおはなしです。はじめて読んだときには、胸がじんわり温められて、なぜか涙が出そうになりました。

 

語ってみようと決めてからは、少しでも子どもたちの健やかさが表現できるといいなとおもい、なるべくいきいきとした会話ができるように練習してみたりして。
私の語りはまだまだだけれど、今回はリハーサルの後に、先輩が個人的にアドバイスをくださったりして、私はとても恵まれているなあとおもいました。当日は私のおはなしのために、と小さな可愛いバラをもってきてくださって、会場に飾ってくださり、最後にはいただいて帰ってきてしまい、なんとも嬉しい日になりました!

ところで私はいつも、このおはなしとこの絵本を繋げて考えてしまいます。

小さい頃から大好きだった本。
どちらも、子どもたちの無邪気さが、断絶されていたふたつの世界を結び付けるおはなしです。

 

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この瞬間はわたしのもの

フランシス・ハーディング
東京創元社

『嘘の木』がとてもよかったので、ぜひぜひ読みたいと期待を込めて読み始めたら、これが『嘘の木』以上の面白さ&私の好みど真ん中でしたー!

以下、ちょっぴりネタバレを含むかもしれないです。

主人公の少女トリスは、グリマーという沼に落ちたところを助けられて家に戻ってくる。でもなんだか記憶が曖昧で不思議な感じ。両親は沼に落ちたせいだと言うけれど、幼い妹ペンは、「あんたは本物じゃない」という言葉と鋭い眼差しを向けてくる。それに説得力を与えるかのように、トリスの身の回りでおかしなことが次々おこる。人形が悲鳴をあげたり、どれだけ食べても食欲が収まらなくて、夜中に腐った林檎を木から直接食べてしまったり、あげくのはてに、どういう仕組みでか自分の大事にしていた人形までもを飲み込んでしまったり。自分を目がけたかのように落ちてくる巨大な鋏、破られた日記、死んだはずの兄から届く手紙と、それを届けにくる奇妙な化け物...。

前半しばらくは、トリスといっしょに、なにやらホラーめいた世界を暗中模索。そして、

 髪に入りこんでいた葉、床の泥――どっちもわたしが外からもってきたのではない。それにペンがばらまいたわけでもない。
 これはわたしの一部なのだ。

そんなトリスの予感は本当で、あきらかになる驚きの事実。

物語は真相に近づくにつれて二転三転。そのたびに主人公の名前がくるくる代わっていくのがとても印象的です。
妹ペンと手を結んでからはあっと驚く異世界ファンタジー。からの、兄の元婚約者ヴァイオレットも交えての逃走&追跡劇! 不思議な建築物や空飛ぶ乗り物も出てきて、ファンタジー要素がこれでもかというほど満載なのです。
そうしていながら、家族の物語であり、姉妹の物語であり、アイデンティティの、主人公の成長物語でもあり。ところどころで、主人公の健気さや幼いペンの気持ちの揺れや、ヴァイオレットの強さに涙腺を刺激されながら、なんて面白いの!となんども感心しながらページをめくる手がとまりませんでした。

ヴァイオレットは応じた。「ばかいわないの。あたしは釘みたいに強いし、戦艦並みの鋼鉄の肌なんだから」

不器用ではねっ返りだけど、まっすぐで強くて優しいヴァイオレット。かっこよくてジブリ映画に出てきそう。ただし、ペンもそうだしトリスもそうだけど、出てくる人物みんなが、多かれ少なかれ愚かさを抱えていて、完全に善良ではないところが最高だなとおもいます。

それと、とても印象的だったのは、ふだんあちら側だと思っている存在がこちら側になる、という視点の逆転。読者は主人公に感情移入しながら読みすすめていくから、こちら側の人間のまっとうかもしれない態度や言動が、主人公にとっての脅威であれば、恐ろしく醜いものに思えてしまう、というような。小野不由美の『屍鬼』を読んでたときのあの感じを思い出しました。

だがハサミは、たったひとつの仕事しかしない。物をふたつに切りわけることだ。力で分ける。すべてをこちら側とあちら側にして、あいだにはなにも残さない。確実に。

このあたりが、物語のポイントになってもいるのかな。

こんな不思議な感覚を体験させてくれるのも、面白い本のもつ大きな力ですね! 白でも黒でもない、その間にある目に見えないなにかを丹念にすくい上げて、こんなにもわくわくさせてくれる物語を紡ぐこの作家さんには、尊敬の念を感じるばかり。次の作品も楽しみです!

 

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岩井俊二とスワロウテイル

私はもうすぐ40さいになるんですけど、人生の半分くらいまできたから、そのせいなのかなんなのか、この1年くらい、若い頃に夢中だったものをもう一度見てみたい、読んでみたい、というムーブメントが来ています。『きらきらひかる』「十二人の優しい日本人」もそのいっかんです(笑)。


そしてずっとずっと岩井俊二が見たいなあとおもっていたところ、なんとGYAOで「スワロウテイル」がやっていたのです! 20年ぶりくらいのスワロウテイル!

私が思うスワロウテイルの見どころは

 

1.壮大な法螺話感

架空の都市「円都(イエンタウン)」に暮らす、アンダーグラウンドでハングリーな移民「円盗(イエンタウン)」たち、という設定だけでなんだかもうすごい。殺された組員のお腹のなかから怪しいカセットテープが出てくるし、それをめぐって中国マフィアまで入り乱れての大乱闘。それとは別に存在する謎の凄腕スナイパーたち。
そして円盗たちの住んでるスラム街に、もうこれ絶対日本じゃない阿片街。ランドセルに偽札を詰め込む小学生たち。燃やされる札束。何がなんだか。

ツッコミどころもあるにはあるし、こういう絵がただ撮りたかったんだろうなーというのがうっすら感じられたりもするのですが、それもまた岩井俊二らしさ。大規模な悪ふざけ/壮大な法螺話を、大勢の大人たちが本気になって才能とお金をつぎ込んで実現させちゃったんだなあ!というところに、この映画の夢のような素晴らしさがある。

2. Charaが歌うシーン

吉本ばななの小説に、相手のフォトジェニックさを表現するのに、「Charaというひとに似ていた」と書いてあるところがありました。なんの作品だったかは忘れちゃったけど、すごいわかる!っておもったからよく覚えてる。もともとそんな雰囲気のCharaだけど、岩井俊二がオシャレ〜な感じに撮るから、本当になんていうかもう、芸術品の域です。
スワロウテイルではCharaがいっぱい歌います。バンド初結成時の、「マイウェイ」をうたうシーンはまるでミュージックビデオのよう。他にもライブのシーンとかもたくさんあって、ちょっとまあ、長いといえば長い気もするんですが、もともとMV撮っていた岩井さんらしく、カッコよくてしびれます。演技もふくめ独特な存在感があって、「女優じゃなさ」が絶妙。

3.少女アゲハの成長譚

グリコに拾われ、初めて名前をもらったアゲハ。大人になりかけの少女特有のたたずまいと、芯のつよさを感じさせる表情がとても魅力的な女の子です。グリコの恋人・フェイホンへのほのかな恋心は、自分でもそれと認識できてないのかもしれないけど。
冒頭でグリコに描いてもらった胸元の芋虫が、本物の蝶に変わるシーンは、通過儀礼としてのタトゥーというものをつよく感じさせて象徴的。不在のグリコに替わって、自分がフェイホンを助けようとする決意に泣けます。

4.音楽は夢

一財産をなし、買い取ったお店をキャバクラにすべきと言い張るグリコと不動産屋に対して、「そんな生活とはおさらばするんだ」と、ライブハウスを作ろうとするフェイホン。グリコの歌姫としての成功が、フェイホンにとっての夢なんですね。
円盗である彼らにとっての夢が、他の何でもなく音楽であるというのも、私がこの作品をすきな要素なんだとおもう。純粋で可愛い夢。
釈放された帰り道に、フェイホンがスワロウテイルの看板を見上げるシーンの美しさといったら。偽札でつかんだ夢のはかなさを象徴しているのかな。

ちなみに、フェイホンを演じている三上博史は奇跡のような美しさ。そしてどう見ても三上博史なんだけど、本当に、日本人にはまったく見えないのです。演技力!


岩井さんの映画は、その当時から、映像がきれいなだけ、雰囲気だけ、中身がない...などとよく揶揄されていたけれど、私はそれが全然意味わかんないとおもってた。今回ふたたび見てみて、もしかしたらそう感じるのかなとおもったけど、やっぱり内容がないとは思わなかったですね。
これで内容がないって言ったら、邦画のほとんどは内容ないのでは...←暴言。

私は昔から映画のグロいシーンがほんとうに苦手なのですが、それでも何度も繰り返し見たいとおもったのは、この映画がきちんと清濁併せのんでいると思ってたから。気持ち悪いシーンあってこそ際立つ、フェイホンの、グリコの、アゲハの夢の美しさ。
 

「ラブレター」からはじまり、「undo」「PicNic」「打ち上げ花火・・・」、「ルナティックラブ」にまでさかのぼって豊川悦司のヤバさに興奮し、「Ghost soup」のほんわかしたストーリーも可愛くて。もう何も手元には残っていないけど、こうして書いてるだけでときめいてしまいます、いまも。
そしてその集大成のように存在する「スワロウテイル」。
「むかしむかし、円が世界で一番強かった時代」という語りではじまるこんな作品、もう絶対この先作られることはないんだろうな〜と。
はじめて劇場で見たときは立ち見でした。映画館で立ち見っていまでもあるのかな?! 懐かしい思い出です!

 

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