ピアノ・レッスン

 

 

アリス・マンローの本を初めて読みました。

素晴らしい小説を読むと、その本について語りたい半面、自分の語彙力ではどんな言葉でも言い表せない虚しさで、言葉を紡ぐ気力すらなくしてしまいますね...。

ノーベル賞まで獲ってて、すでに評価は定まっているけれど、この『ピアノ・レッスン』は最初期の短編集だそうです。

日常の描写のなかから、突然鮮やかに一瞬の光が現れて、その一瞬にはっとさせられたり、すべてがひっくり返るように感じたりする、そんな短編集でした。短編のスピード感があるのに、長編小説みたいな、なんともいえない、深い読後感。

 

ああ、おかしなものだ、頭のなかでは、何かに立ち向かうとき、声は響き渡り、人々はぎょっとして、うろたえる。でも現実の世界では、皆ちょっと独特の笑顔になり、自分が実際にやったのは、つぎのコーヒーパーティーに格好の話の種を提供してしまったということなのだ、とわかる。 ――「輝く家々」

あれがレオーナの御自慢の子供なんだからねえ、と隣人たちは家に帰りながら互いに言い合った。あの歌手のさ、と彼らは言った。今では雰囲気はいつもどおりに戻って、皆、以前とおなじくレオーナのことが嫌いだったからだ。 ――「死んだとき」

 

書かれているのは、ただそこにそのように「ある」人々の生きざまや考え方や人間関係。人間観察の確かさが過ぎて、言葉にならない人間関係のざらつきに、心臓がひえる感じがする。どの登場人物に対しても、語り手の感傷がほとんどなくて、まったく容赦がない。でもだからといって、貧しかったり醜かったり狡さを見せたりする彼らを、軽蔑したり突き放したりするわけでもない。すべては淡々としていて、とてもフェアだなあと思う。

 

いろんな女の子が登場する。

自分の一家(と母親)が近所から疎まれていることを感じていて、幼いながらも威厳を保とうとする「死んだとき」のパトリシア。

田舎に縛られ、すべてをあきらめ受け入れて、投げやりにしか生きることができないけれど、最後には、都会から来た男の子の薄っぺらさが浮き上がってくるような矜持を見せる「乗せてくれてありがとう」のロイス。

一方で、弟よりも父の仕事に役立っていると自負していたはずなのに、結局は少女として成長することを受け入れる「男の子と女の子」の女の子や、自立した先輩に感化された直後に、男の子に誘われるとあっさり誘いに乗ってしまう「赤いワンピース―一九四六年」の女の子もいる。

それに、「輝く家々」や「海岸への旅」、「ピアノ・レッスン」に出てくる老女も、きっと元「女の子」として描かれている。

アリス・マンローは、女の子と、すべての元女の子を描く作家なのだと思う。

 

最後の一編、表題作の「ピアノ・レッスン」は、零落したピアノ教師であるミス・マルサレスについての描き方が哀しくなるくらい冷酷なのだけれど、パーティで起こる奇跡によって、彼女の世界が一気に神聖なものとして昇華されるのがとても見事で、しばらくぼーっとしてしまいました。

娘が教えてもらっていたピアノの先生も、昔こんな感じの発表会をたびたびひらいていて(みんな嫌々来ているとかいう意味ではないです)、音楽はどんな人とでも分け隔てなく楽しむもの、という温かくて厚い信念を私はとても尊敬していたので、なんだかとてもよく知っている世界だと思った。

最後の一文が、本当に本当に素晴らしいです。

 

すっきり爽快とはいかず、読後なんとなくもやもやを引きずるマンローの短編...これから他の作品もたくさん読んでみたくなりました。

 

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