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岡崎裕美さんのこと

私が人生で初めて「こんな大人になりたい!」とおもった人は岡崎裕美さんという人で、そのとき私は小学校の1年生か2年生だった。当時少年少女合唱団に入っていたのだけど、その合唱団は少し変わっててテレビの世界に繋がりが深くて、合唱もするけどソロで歌を歌ったりする機会も多くて(一人ずつ歌を披露するソロコンサートなるものもあった)、私も「ひらけポンキッキ」のアルバムに入る歌をカバーするとか、のりピーのCMに歌を入れるとかいう珍しい経験もした。

岡崎裕美さんに会ったのは、幼児用音楽教材のレコーディングに行ったとき。短い童謡や手遊び歌を30曲くらい、二日間でどんどん収録していくような感じだったとおもう。岡崎さんはそのうちの1日だけ現れて、一人でブースにこもって次々に、ちゃくちゃくと収録していた。待機してた私たちはガラス越しにそれを見てて、子どもながらに、「あぁ、これがプロ...」って思ったのでした。歌ってる歌は単純な子どもの歌なんだけど、表情豊かな歌声が綺麗にばっちりきまってて、とにかくなんかもう、すごくかっこよかった。

私たち合唱団の子のユニゾンと、岡崎さんのソロとで、かわりばんこに歌う曲があって、そのとき初めて一緒のブースに入った。時間は短かったけれど岡崎さんはすごくあかるくて優しくて、そのうえ面白かった。こやって書いてみたら、もう最強ですよね。
細かいやりとりは忘れちゃったけど、私たちの歌い方が先生かスタッフさんかの指示に従って少しよくなったとき、岡崎さんが「さすが合唱団○○!日本一!」って言って、みんなが笑って温かくなったことを30年経つのに覚えてる。対等な相手に発せられたような感じのする、優しい冗談だった。
その言い方が面白くて、おさない私はなんていうか、痺れた。歌がうまくて、颯爽としていて、しかも子どもに対してもこんな洒落たことをさらっと言えるなんて!

こんな大人になりたいとおもったし、同時に、大人になったらこんなふうになれるものなんだろうともおもった。
この日の岡崎さんのことはずっとずっと心の中にあって、だいぶ大きくなるまで、大人になったらこんなふうになれるって信じてた。
全然なれなかったけど。

いまならわかる。
頭の回転が早くて、表情が豊かで、コミュニケーション能力も高くて。岡崎裕美さんはそんな人だった。
私はいまでもそういう人に憧れ続けている気がする。
ああなれるって信じてた無邪気な昔の自分に「ごめんね」って謝りたい気持ち。ごめんね、けっきょく、あなたはあんなふうにはなれなかったよ。
いつになったら、私は大人になれるんだろ...とかおもうけど、私は私なりに、いまでも子どもたちの前に立つときには、無意識に、岡崎さんのイメージを心の中に浮かべている気がします。子どもたちにとって、近くて温かくて対等で、でも、大きな大人でありたいと。

いちばん最後に、私と、もう一人の女の子と岡崎さんとの3人で、順番に歌う曲を録った。3人だけでブースに入ってさらに接近した岡崎さんは、最高にキラキラしてて眩しかった。名前で呼んでもらえてとてもうれしかった。あのときの小さな女の子が、40近くなってもあの日のことを大切に覚えてるなんて、岡崎さんは想像もできないとおもうんだけど。
3人で録った曲は、いまでも私の宝物です。カセットテープだけどね。

 

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