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やかまし村で

やかまし村には3軒しか家がなくって、家のある場所から北屋敷、中屋敷、南屋敷と呼ばれてる。やかまし村に住む子どもたちは全部で6人、ラッセとボッセとリーサ、ブリッタとアンナ、それにオッレ。(途中でオッレの妹ケルスティンが生まれて7人になる)

 

『やかまし村のこどもたち』を読み始めたときには、出てくる子どもの名前が憶えられない!ってちょっぴり焦ったけど、この6人、『やかまし村の春・夏・秋・冬』を読み終える頃には、次女にとってもすっかり仲良しの友だちになっていました。
読んでる途中で、地域の家庭文庫に行ったとき、絵本も見つけたのですが、表紙に描かれている子どもたちの様子を見ただけでなんとなく、どれが誰だかわかってしまうように。

 

次女てきには、「ラッセよりボッセのほうがまだましかな〜」だそうなんだけど...たしかに...ラッセのわんぱくぶりと言ったらボッセの比じゃないですね。そんで、こんなことまで把握できてしまうのは、やっぱり物語の力ですね。

別に何事が起こるわけでもないのですが、どの章を読んでもきちんと面白く、それぞれの登場人物の個性が一貫して描かれているから、安心して世界に浸っていられる。
スウェーデンの、しかも学校まで歩いて1時間かかる、家が3軒しかないような田舎の村のことなんて、私にもムスメにも全然親しみがないけれど。
無口だけど優しい作男のオスカルに、世話好きで優しい女中のアグダ。乱暴者の靴屋にいじめられていた犬を自分のものにしてかわいがり、すっかり忠実な犬に変えた友だちのオッレ。目が見えないけど昔の話をたくさんしてくれる大好きなおじいさん。
リーサたちが親しい友だちになって毎日のなんでもないことをいろいろ教えてくれるから、干し草のなかにもぐって遊んだり、明るい夜に水の精を見るために森に入ったり、森のなかに子どもだけの秘密基地を作ってインディアンごっこをしたり、病気になった学校の先生を看病したり。そんなことを、経験はないはずなのに、自分も一緒に経験したような気持ちになってくる。
なんでもない当たり前の日常のなかに、あとから考えたら輝くような時間が閉じ込められていたりするんだけど、でもそのときは精一杯楽しくて。だって子どもだから。

特に私は、子どもたちが橇で遊んでいたらお父さんたちが来て、貸してもらって遊びまくる話が好きで、げらげら笑ってしまいました。このお父さんたちも子どもの頃からこの村で一緒に育ってきていて、見た目は大人になったけど中身は小さいラッセやボッセなんだなと思えて。
そういえば、リーサたち女の子チームは、大人になってもやかまし村でみんなと一緒に暮らせるように、微笑ましくもそれぞれの結婚相手を勝手に決めているんだけど、やかまし村にい続けることが目的だから、男の子たちの思惑とは微妙に食い違っていて、はてさて、将来どうなるのかなとおもったり。

それと、リーサが、お隣の家に住むブリッタとアンナと、窓からロープを通してタバコの箱で手紙をやりとりする場面がときどき出てくるのですが、これは『ロッタちゃんのひっこし』に出てくる、かごに食料を入れてやりとりするという憧れのシステムに似てるのでわくわくしました。誕生日に自分だけの素敵なお部屋をもらうというのも素敵すぎで、次女も羨ましかったみたいで。これも、私が愛する『ロッタちゃんのひっこし』みたい。

書きだしたらきりがないくらい、やかまし村での日常はどれも同じくらいの質量をもって輝いてて、私は大人だけどリーサに子どもの仲間入りをさせてもらえて、そうだね、読書ってそんなことも可能にしてくれる。だって私たちはもう友だちだからね。

 

JUGEMテーマ:児童文学

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