久々の舞城王太郎

久しぶりに舞城王太郎氏。デビュー作からずっと大好きだけど、いくつになっても新作を見つけるとワクワクします♡

『短篇五芒星』くらいから、粗かった部分がそぎ落とされて、どんどん純化されて透き通った感じになってて。マイルドになっていってるなーとは感じていたのですが、今回はとうとうホラーもグロもまったくなく、とても純粋な恋愛小説でした。
舞城王太郎の小説に出てくる主人公は、だいたいみんな良識的でとても優しい。この本に登場する3人の主人公も、相変わらずみんな優しく、そばにいる(ちょっとかわった)人物によって気付きを得たり、影響を受けたりしてほんの少し初めと変わる――そんな3つの短編集。

高槻くんのこと好きだし、尊敬してるし、一緒にいたいけど、高槻くんが何もしなくてもそばにいるだけで傷つくよ。一緒に頑張れるようなタフな女の子になりたいけど、私、どうしても努力とかでどうにかなるとは思えないの。だって才能ってそういうものでしょ?

「ほにゃららサラダ」を読んでたら、セカオワ・サオリちゃんの『ふたご』を想起しました。『ふたご』では、彼の天才的な才能に振り落とされまいともがく女の子の苦闘が描かれていて、最後はなんとか彼の隣に座ることを認めてもらうわけだけれど、「ほにゃららサラダ」の主人公は、自分を保つために彼と別れる決断をする。「自分を諦めきれない」といって。
すぐそばにいる憧れの人の強烈な才能――特に芸術てきな――って、本当に残酷で、昔からいろいろな作品(「アマデウス」とか!)を生み出してきている普遍的なテーマですね。

私は、sekai no owariと舞城王太郎ってちょっと親和性が高いのではとおもってて、『短篇五芒星』所収「あうだうだう」で、榛枝という女の子が語る「悪はなくなる必要はないよ」「この世の一部やでやって」「悪をなくすことが善ってことではないんやで?」。これは、セカオワが初期の頃に繰り返し歌ってた事柄と同じだなって。
今回も、「僕が乗るべき遠くの列車」に出てくる主人公の虚無的な考え方が、『生物学的幻想曲』に歌われているのと似てるなっておもった。

「子孫をのこし繁殖する」
これが僕が産まれた「理由」で僕も「命のサイクル」の中の一つでしかない
それなのに僕は喜んで、怒って、楽しんで、悲しんで、死んでいく
「人類」が死なない為に僕は産まれたの?
(生物学的幻想曲/sekai no owari)

中二病って言われたら返す言葉もありませんけども(;´Д`)
でも、それでも生きる意味がなくなんてないんだ、って思わせてもらえるから私はセカオワが大好き。
舞城王太郎もそうで、どんなにグロくてこわい話が書いてあっても、きちんと筋の通った、揺るがない道徳観があることを私はどうしようもなく信頼してて、この人の本を読むたびに、それに触れられて嬉しくなるのでした。
どちらも本当は、すごく前向きで健全な精神の持ち主で、私はそこに惹かれてしまうのです。

 

そして、『されど私の可愛い檸檬』もよかったのです。こっちは家族がテーマ。

 

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