この瞬間はわたしのもの

フランシス・ハーディング
東京創元社

『嘘の木』がとてもよかったので、ぜひぜひ読みたいと期待を込めて読み始めたら、これが『嘘の木』以上の面白さ&私の好みど真ん中でしたー!

以下、ちょっぴりネタバレを含むかもしれないです。

主人公の少女トリスは、グリマーという沼に落ちたところを助けられて家に戻ってくる。でもなんだか記憶が曖昧で不思議な感じ。両親は沼に落ちたせいだと言うけれど、幼い妹ペンは、「あんたは本物じゃない」という言葉と鋭い眼差しを向けてくる。それに説得力を与えるかのように、トリスの身の回りでおかしなことが次々おこる。人形が悲鳴をあげたり、どれだけ食べても食欲が収まらなくて、夜中に腐った林檎を木から直接食べてしまったり、あげくのはてに、どういう仕組みでか自分の大事にしていた人形までもを飲み込んでしまったり。自分を目がけたかのように落ちてくる巨大な鋏、破られた日記、死んだはずの兄から届く手紙と、それを届けにくる奇妙な化け物...。

前半しばらくは、トリスといっしょに、なにやらホラーめいた世界を暗中模索。そして、

 髪に入りこんでいた葉、床の泥――どっちもわたしが外からもってきたのではない。それにペンがばらまいたわけでもない。
 これはわたしの一部なのだ。

そんなトリスの予感は本当で、あきらかになる驚きの事実。

物語は真相に近づくにつれて二転三転。そのたびに主人公の名前がくるくる代わっていくのがとても印象的です。
妹ペンと手を結んでからはあっと驚く異世界ファンタジー。からの、兄の元婚約者ヴァイオレットも交えての逃走&追跡劇! 不思議な建築物や空飛ぶ乗り物も出てきて、ファンタジー要素がこれでもかというほど満載なのです。
そうしていながら、家族の物語であり、姉妹の物語であり、アイデンティティの、主人公の成長物語でもあり。ところどころで、主人公の健気さや幼いペンの気持ちの揺れや、ヴァイオレットの強さに涙腺を刺激されながら、なんて面白いの!となんども感心しながらページをめくる手がとまりませんでした。

ヴァイオレットは応じた。「ばかいわないの。あたしは釘みたいに強いし、戦艦並みの鋼鉄の肌なんだから」

不器用ではねっ返りだけど、まっすぐで強くて優しいヴァイオレット。かっこよくてジブリ映画に出てきそう。ただし、ペンもそうだしトリスもそうだけど、出てくる人物みんなが、多かれ少なかれ愚かさを抱えていて、完全に善良ではないところが最高だなとおもいます。

それと、とても印象的だったのは、ふだんあちら側だと思っている存在がこちら側になる、という視点の逆転。読者は主人公に感情移入しながら読みすすめていくから、こちら側の人間のまっとうかもしれない態度や言動が、主人公にとっての脅威であれば、恐ろしく醜いものに思えてしまう、というような。小野不由美の『屍鬼』を読んでたときのあの感じを思い出しました。

だがハサミは、たったひとつの仕事しかしない。物をふたつに切りわけることだ。力で分ける。すべてをこちら側とあちら側にして、あいだにはなにも残さない。確実に。

このあたりが、物語のポイントになってもいるのかな。

こんな不思議な感覚を体験させてくれるのも、面白い本のもつ大きな力ですね! 白でも黒でもない、その間にある目に見えないなにかを丹念にすくい上げて、こんなにもわくわくさせてくれる物語を紡ぐこの作家さんには、尊敬の念を感じるばかり。次の作品も楽しみです!

 

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幽霊を見たいのなら、見せてあげる

戦争や災害時などにデマで人が殺されるという歴史的な話も聞いて育ってきているし、いまはフェイクニュースとかよく聞くから慎重にならなきゃなとおもうし(でもどうやって? 情報の多さにリテラシーが追いつかない)、まことしやかに広がる嘘は、人がどこかでそう信じたいと思っていることの表出でもあるようで、いつだって人間とは切り離せないものみたい。
そのようすが、こんなふうに書いてある。

嘘は炎に似ていることをフェイスは知った。最初は、世話を焼いて養分を与えなければならない。それも、注意深くやさしく。生まれたての炎はかすかな吐息にあおられるが、強すぎると消えてしまう。嘘が根づいて広まり、興奮とともにはぜるようになれば、もはや薪をくべる必要はなくなる。けれども、それはもう、自分ひとりの嘘ではない。ひとたび命と形を得た嘘を、支配することはできないのだ。

年末のお休みに、やっと読めた『嘘の木』。噂にたがわずとても面白かった。
嘘を広めることで木が育ち、その果実を食べることで真実を知ることができるなんて。なんて独特な発想なんだろう! 嘘で育った「真の実」。父の秘密。自殺とされた死の真相。謎の植物。これだけでも、もうわくわくします。

ヴィクトリア朝時代の風俗や雰囲気も魅力的で、そんな時代を背景に、科学的知識に貪欲な女の子が、たったひとりで悪に対して奮闘する、とても骨太な物語。ストーリーも起伏があって見せ場もたくさんあるし、嘘の木の実を食べて垣間見る「真実」の描写もとても映像的でスリリングだし、映画になっても面白そう。

クライマックスでのフェイスはなかなか激しいことをしてみせたりして、そんなところも映画的(ようするにちょっと非現実的)なんだけど、私は、少女から大人になりかけているフェイスが、女であることを最大限に利用する母親を少しずつ理解していく過程と、ふたりの関係が変化していくようすがしっかり描かれているところに好感がもてました。

これは闘いなのよ、フェイス! 女も男たちと同じように、戦場に立っているの。女は武器をもたされていないから、闘っているようには見えない。でも、闘わないと、滅びるだけなの。

冒頭から、おしゃべりで見栄っ張りで薄っぺらな女の人みたいに描かれる母親の印象が、最後には変わるのがここちよいです。この時代も女の人は生きづらそうだけど、ここに登場するいろいろな女性たちの姿を通して、どんな時代も強かに生き抜く術を見つける女性の強さも感じる。

フェイスがつく嘘、フェイスの父親がついた嘘、村の人々がついた嘘。
たくさんのいろんな嘘が出てくるけれど、たぶんどれも、聞いた人が信じたくなるような「何か」をもってる。またははじめから、人々の心のなかに、「もしかしたら」と存在していたことなのかも。嘘って、いい嘘も悪い嘘も、「人が信じたいこと」を指すものなのかもしれないなあ、とおもった。

それ自体が壮大な嘘である、この物語を読みながら。
楽しい。

 

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